緋箱双紙 拾肆『土』紗由

彼の者は巨大であった。
そして、その身体は豊かな土であった。
彼の者は父の名を知らず、母の顔も知らなかった。

彼の者は、強い力を持っていた。
その力は、世界の破壊の為に使われた。
今ある世界の全てを破壊することが、
彼の者の使命であった。

誰にその使命を伝えられたのか、
自らを作り出したのは誰なのか、
彼の者は知らなかったし、知ろうともしなかった。

しかし、彼の者は、
自らが人々に何と呼ばれているかは知っていた。

人々は彼の者を目にすると
恐れ慄いてこう言った。

「ゴーレムが来た」と。


彼の人はひとりであった。
たったひとりで砂漠の中を歩いていた。
世界は何処まで言っても砂に覆われていた。
強い日照りが彼の人の身体から、
容赦なく水分を奪っていった。

「その日」は何の予兆もなく、突然に訪れた。
世界のあちこちに、巨大なゴーレムがやって来て、
人々の住む世界を容赦なく壊していった。

ゴーレムは
人の住む家を
人の歩く道を
人の行き交う街を容赦なく破壊した。

行き場を失った人々は、
街捨てて、散り散りになった。
街の外は巨大な砂漠であった。

美しい山も、川も、林も、草原も、
もう、ずっと前から失われていたのだ。
人々は街が壊されてからやっと、
そのことに初めて気がついた。

彼の人はその手に種を持っていた。
彼の人は永遠に続く砂漠の中を、
種を植えるべき土を探して彷徨っていた。

歩けども、歩けども、
目の前には砂漠が広がっていた。

彼の人は自らの手の中の種を握りしめながら祈った。

ー あぁ、どうして私たち人間は、
自らを咲かせる事ばかりを願い、
種を植えることを忘れてしまうのでしょう。

その愚かさに気がついた時、
植えるべき土はもう無くなってしまいました。

どうか、神様。
私にもう一度だけ、機会をお与えください。

私の命は尽きようとも、
次へと残せる種を残させて下さい ー

彼の人の目の前が急に暗くなった。


彼の人の目の前には巨大なゴーレムが立っていた。

ゴーレムは彼の人の身体に手を伸ばし、その身体を握りしめた。
ゴーレムの身体は豊かな土であった。

ーあぁ、何という、芳しい土の匂いだろう。
 生と死が混ざり合った匂いだ ー

彼の人の身体は握りしめられたゴーレムの手の中で潰れ、
その肉も、その血も、その心も
彼の者の土の身体と混ざり合った。


ゴーレムは破壊すべき街を探して彷徨い続けていた。

ゴーレムは沢山の家を、道を、街を破壊した。
逃げ惑う、沢山の人々の姿を見た。

時にはゴーレムに立ち向かってくる兵器もあったが、
ゴーレムは傷つくこともなく、それらを払いのけた。

そうして破壊を繰り返すうちに、
やがて世界は平らになった。
見渡す限りの世界が全て砂に覆われて、
ゴーレムは動きを止めた。

ゴーレムがふと、自らの手を見ると、
そこに小さな白い花が咲いていた。
彼の人の血が土を潤し、
種が芽吹き、その手に根をはったのだ。

それはとてもか弱く、可愛らしく、美しいものに思えた。
ゴーレムはその小さな花が壊れぬよう、
動きを止めて砂の中に膝をついた。

小さな白い花は
朝の光の中でも、夜の闇の中でも美しく咲き、
やがて、枯れていった。
ゴーレムは花が枯れたことが悲しくて泣いた。
ゴーレムの嘆きは空に届き、やがてその涙は雨となった。
雨はゴーレムの土の体を少しずつ溶かし、
砂漠の砂は土と混ざり合った。
ゴーレムの巨大な人の形は少しずつ崩れて、
小さな土の山となった。

雨は、やがて止んだ。


その広い砂漠の中の小さな土の山には
やがて可愛らしい白い花が沢山咲き、
美しい緑の草が生えてきた。

長い長い時間をかけて、美しい世界が戻ってくる。
破壊された世界は再生の道を進む。
けれども、その美しい世界はやがてまた、
何者かによって破壊されることだろう。
限られた生命のものには理解できない流れによって
世界は永遠に破壊と再生を繰り返す。

ゴーレムの心は大地にとけて、
美しく可憐な白い花の夢を見ながら
やがてくる破壊の時まで、今も眠り続けている。