緋箱双紙 捌『水』紗由

今回の緋箱双紙は「水」がテーマです。

「水」に関することならば、
どのような言葉の作品でも構わないという決め事ですので、
折角ですから「水」を操るあの劇団に出会った話をしましょう。

わたしがあの劇団に出会ったのは、
本当にたまたま、とある演劇関係の知人が
劇団について文章を書いていたのがきっかけでした。
その文章を読んで、
テント芝居を見たことがなかったわたしは、
見たことのない世界を見たいという気持ちから、
早速公演のチケットを予約したのです。

今でも初めてその芝居を観たときの興奮を
ありありと思い出すことができます。

前芝居を待つために
公園で一人ぽつりと立っていたら、
しゃんしゃんという鈴の音とともに、
異界から古びた木の杖を持った老婆が現れたこと。

初めてテントに入ったとき、
目の前に広がる桟敷席に戸惑って怖気付いていたら、
「とっとと前に来い」と、
客入れの男性に怒鳴られたこと。

芝居の途中で雷鳴の光と轟音とともに、
複葉機が水と共に天井から落ちてきたこと。

ラストで空に舞い上がる女優の姿は美しく、
その姿を心に焼き付け、
その夢のような時間をひとり大切に温めながら、
このまま家まで帰ろうと、
わたしはお寺の隣の道を歩いていました。

そのとき、前から異様な姿の男が歩いてきたのです。

「お嬢ちゃん。帰るの?」

そう聞いてきたその人は、
その日の芝居の幕間で火を食べていた人でした。

「ダメだよ帰っちゃ。一緒に飲んでいくんだよ」

その人は半ば無理やり、
わたしをテントの中に戻してしまいました。

もともと飲み会などあまり好きではないわたしです。
知り合いもいない打ち上げの場など、
苦痛なだけで、早く帰りたいと
渡された紙コップを持ったままじっとしていました。

入れ替わり立ち代り来る役者と話すうちに、
いつのまにか、この劇団に関わるようになったのは、
それは、母とのご縁が分かったからなのでした。

わたしの母はきちんとした人でした。
わたしには普通の優秀な演奏家になって欲しいと
願っていたはずです。
その母の繋がりで、
未だにその劇団で役者を続けているのは
不思議な感じがいたします。

わたしをその劇団に結びつけた
火を食べる男とわたしの母は
もう、この世のものではありません。
異界に手を引かれるように、
舞台に出るわたしの隣には
いつも死者が寄り添ってくれているような気がいたします。