多間 環

多間 環(たま たまき)と申します。
よろしくお願いいたします。

京都の片田舎出身です。

小学生の時から俳句と詩作を行い、頭の中が自分で作った物語で満ちている子どもでした。
ただ、詩作は自分の心を穏やかにするためだけに行っており、人に読ませることはあまりありませんでした。
また、物語においては、文字にすることも一切なく、頭の中の私のためだけの物語として存在していました。

転機は、数年前、イシス編集学校にて32守・30破・33破を受講したことです。
破を受講した際、物語を書く課題がありました。
その課題を行う中で、頭の中の物語を具現化できることに気づきました。
カメラを持って頭の中の物語世界をうろうろし、映像を言葉で映せばいいのだと気づいたのです。

自分のためだけの物語は、頭の中に星の数ほどあり、日々生まれ続けています。
彼らはとても魅力的で優しいです。
人の世はとても残酷で、去った幸せは二度と帰って来ず、人間は皆底無しに愚かで弱い。
そんな事実に諦めきれず、何度も傷つく私に、彼らはいつもそっと寄り添ってくれています。

私が書くことで、物語の中の人々を私以外の人に知ってもらえることがとても嬉しいです。
書き始めたばかりですので、十分伝えられてはいません。
それでも、ただただ嬉しいです。

物語たちは私に寄り添うときに、いつもこの世界そのものにも寄り添っています。
拙い私の物語を読んで、ほんのわずかでも心のそばに誰かの気配を感じていただけたら、とても幸せです。

 
-作品紹介-

「緋色の箱」(Web掲載)
緋箱綺譚を一緒にしてくださる、山本紗由さんと「緋色の箱」縛り(笑)で書いた作品です。
紗由さんに演じて貰えるような作品にしたいなと思い、紗由さんの世界観を私なりにイメージして書きました。

-追記-
8月に演じていただきました!とてもうれしいです。

 

「箱織姫」(緋箱綺譚壱収録)
緋箱でお話をいくつか作っても面白いね、と紗由さんとお話しして作った話です。
ハンセン病を発症した姉とその妹の物語です。夜中に思いつき、泣きながら書き留めました。
ハンセン病の隔離政策の惨さは多くの方がご存知だと思います。
感染力が弱いことも治療法があることも分かっていたのに、何十年も隔離し続けた私たちの罪の大きさを思うといつも泣きそうになります。
差別は今もあり、本人だけでなく家族に対しても根強いものがあります。
隔離政策が終わっても、故郷に帰ってこないでほしいと言われたり、もう家族がいなかったりで、療養所で暮らし続けている方も多いです。
遺骨を墓に入れることを、他の檀家の反対から寺が拒むこともあります。
短いお話ですが、日本のどこかであったであろう家族の話を、乏しい知識を総動員して丁寧に書きました。
下記で全文を試し読みしていただけます。悲しいお話ですが、読んでいただけますと嬉しいです。
エブリスタ×文学フリマ大阪試し読み(緋箱綺譚壱/箱織姫)

-追記-
先日、駅でハンセン病の方にお会いしました。テレビや文献では知っていましたが、直接お会いするのは初めてでした。
駅のベンチで隣り合い、困っておられたのでお手伝いしたところ、とても明るくお礼を言ってくださいました。
元気なおばあさんでしたが、手にも顔にもそれとすぐわかる病跡がありました。
年齢からも、きっと色々な苦労をされたのだと思います。
おばあさんとご挨拶して別れたのち、「箱織姫」で書かなかった療養所に隔離されたのちの人生をいつか長い物語で書こうと心に決めました。

 

「星と煙草とブランデー」(仮:たまきさんわーるど収録)
編集学校の課題以外で初めて書いた物語です。
辛いことがあったときに、自分を慰めるために書いた物語です。
悲しい気持ちを聞いてもらおうと友人にメールを書いているときに、物語ができてそのままメールに物語を書いて送ってしまいました。・・・友人にはいい迷惑だったと思います(苦笑)
こんな風に、物語たちはいつも私に寄り添ってくれています。

あとはまとめて。

その他(緋箱綺譚壱収録)
・「Y氏の黄昏」
・「あかい箱」
など
その他(仮:たまきさんわーるど収録)
・「有給休暇」
・「空の国から」
・「まぐろ」<詩>
・「正論」<詩>
・「ありがとう」<詩>
・「ともだち」<詩>
・「逃亡」<詩>
など